じつをいうと研修医になりたてのころ、ぼくがいちばん悩んだのが大豆の問題だった。当時、アトピーの三人食物アレルゲンは「卵、牛乳、大豆」とされていて、みそやしょうゆは除去するのが当然だった。でも、ぽくは血液検査で大豆の特異IgEが出ている子で、実際にみそやしょうゆを食べたからといって症状が悪化する例をひとつも見たことがなかった。
「なのに、どうして大豆アレルギーの子はみんな、みそやしょうゆを除去してるのだろう?」 と、疑問に思っていた。
アレルギーはその食品全体に対して起こるのではなく、ある食べ物に含まれる「特定のたんぱく」に対して起こる現象である。みそやしょうゆは蒸した大豆を発酵させたものだ。豆腐は大豆をすりつぶして加熱し、にがりで固めたもの。納豆は加熱したうえで、さらに発酵させている。ひょっとしてアレルゲンとなるたんぱくは残っていないんじやないのか?
ぼくは悩んだ末、「検査で大豆アレルギーが出ていても、症状が出なければみそやしょうゆは食べていいですよ」と指導することにした。以来、現在にいたるまで、それでトラブルが起きたことは一度もない。
検査上で大豆アレルギーがあっても、みそやしょうゆ、豆腐、納豆は食べられるのだ。大豆油もだいじょうぶ。調理のときに高温で加熱されるから微量のたんぱくが残っていたとしても、変性してしまう。みんな、思い込みにふりまわされているのだ。
その証拠に、ぼくはえびアレルギーなのに、「かっぱえびせん」が食べられる。
じつは、数年前まで「かっぱえびせん」にえびは入ってないと信じていた。食べても口がかゆくならないからだ。だが、あるとき調べてみたら、この商品はたしかにえびが入っていた。使用原料はクルマエビ科のとらえび、けしえび、ちこぐえびなど。そして、えびはゆでただけではアレルギーを起こすから、 「これらのえびは、ものすごい高温で煎り上げられているため、たんぱくが変性してアレルギーを起こさなくなるのだ」 という結論に達した。
たんぱくが熱で変性するのは、生の牛肉とステーキとでは味もにおいも違うことからもわかる。たんぱくの構造に化学的変化が起きているから、味もにおいも変わるのだ。
子どもがみそ汁を食べて症状が悪化するのは、もともと顔にアトピーがあったところに、塩けがついてかゆくなるだけ。食事のあと顔と手を洗えばいい。最近の研究で、発酵によって変性した大豆たんぱくにはアレルギーを起こすものは含まれないというデータもある。研修医時代から二〇年、やっとお墨付きが出たわけだ。
ただし、同じ発酵食品でもチーズはアレルギーを起こしやすい。ヨーグルトも牛乳アレルギーの子はやめておいたほうがいい。牛乳のたんぱくをアレルギーを起こさないレベルにまで分解すると、味はまずくなる。だから、アレルギー用の粉ミルクは味がよくないのだ。まろやかでおいしいヨーグルトには、牛乳たんぱくのアレルゲンが残っていると考えたほうがいいと思う。
現在では、昔ほど神経質に大豆製品を除去する医者はいなくなった。いまや、大豆アレルギーはあまり話題に上らない。ところが先日、あるお母さんからこんな質問が出て、さすがにウッと答えにつまってしまった。
「先生、うちの子は大豆のIgEが陽性です。もやしは食べさせていいですか?」
もやしは大豆を発芽させたものだ。もやしの芽の部分には、当然大豆成分が含まれると考えられる。
でも、もやしでアレルギーって聞いたことがない。少なくともぼくは、「もやしを食べてアトピーが悪化した」「じんましんが出た」という患者さんを見たことはない。もやしは発芽するとアレルギーを起こす力は低下するのか? もやしには大豆(マメ科ダイズ属)のほかに緑豆もやしとか、あずきもやし(ともにマメ科ササゲ属)とか、ブラックマッペもやしってのもあるけど、大豆のもやしと違うのかな。
検査の数値をにらむより、アレルギーと闘うにはこういう「生活の知識」が重要である。