アレルギーという言葉の語源には、「変な」という意味もある。では、アレルギーはごく限られた体質の人に起こる特殊な反応なのだろうか? ぼくはそう思っていない。アレルギーはわりあい誰にでも起こりうる、ごく普通の現象だ。
ましてや、アレルギーの子どもを連れて診察に訪れた両親がそろって「私にはアレルギーはありません」「いやいや、絶対ないはずです」などと強く主張すると、猪疑心がムラムラと湧き起こってくる。で、どうするかというと、「そうそう、たしかに症状はないんでしょうけどね」
などと言いなが、すばやくスギ、ねこ、ダユ等のアレルギーの有無を検査してしまうのである。腕をとり、ダニのエキスを一滴落として、そこを針でスッと軽く押さえるだけの簡単で、安全な検査である。もちろん、これは診療行為ではない。サービスである。症状もないのに保険診療で検査というわけにはいかない。
結果は一五分ほどで出る。アレルギーがあれば赤くはれてきて、かゆくなる。すると、たいてい両親のどちらかにダユアレルギーの反応が出る。
「お父さん、ダニアレルギーがありますよ」
と告げると、「自覚症状はないのに……」と驚かれることが多い。そこでぼくはさりげなく言うのだ。
「あったんだよねえ」検査でアレルギー反応が出るということは、ダユとか花粉とか、とにかく異種(自分以外)のたんぱくに対するlgE抗体が、体内でつくられているということを意味する。
このIgE抗体をつくりやすい体質、つまりアレルギー体質は遺伝するとされる。だから、似たような環境で暮らしていても、ぜんそくになる人もいるし、何も異常のない人もいる。
では、このアレルギー体質は特殊なものなのか? ちょっと次のデータを見てほしい。 以前、一歳半健診と三歳健診の受診予定者にアンケートを送って、アレルギーの家族歴を調べたことがある。両親やきょうだいにアレルギー疾患(気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、じんましん)にかかったことがある人がいるのは、なんと、全体の六割以上にもなった。
これには驚いた。アレルギーの子の親がアレルギー体質なのは当たり前。でも、この数字はアレルギー病のない子どもも含めた調査の結果なのだ。これは何を意味しているかというと、なんと、「日本人の半分はアレルギー体質かもしれない」ということだ。
つまり、日本人の二人に一人はIgE抗体保有者か、もしくはDNAのどこかにIgEをつくりやすい遺伝子がある、もしくはIgEがつくられるのを抑制する遺伝子が欠けているということである。
アレルギーが増えた原因は環境問題だとか、食品添加物が悪いとか、寄生虫が減ったからだとか、さまざまな情報が流されているが、 「アレルギーはもともと日本人にとって、とても身近な病気だったのだ」とぽくは思っている。
では、どうして最近になってアレルギーが急に増えたのか? 生活様式や環境の変化によって、隠れていたアレルギーの遺伝子が表面に出てきたのである。花粉症患者は「急に増えた」のではなく、大量のスギ花粉によって日本人の中に眠っていたアレルギー体質が「洗い出された」だけなのだ。
ぽくが花粉症を発症した一五歳の当時は「花粉症? アレルギー? なにそれ」という世の中だったから、マスクをかけて電車に乗ったりするとかぜをうつされてはたまらないと、周囲の人は顔をそむけたものだ。
でも、今は「マスク=花粉症」がむしろ常識。現在、花粉症の患者数は日本の全人口の二〇パーセント近くにも達している。なおかつ、日本スギは日本特有の植物だから、花粉症は日本における世界最大級のアレルギー性風土病なのだ。
「アレルギーの人って、いるよね。でも、私には関係ないなあ。花粉症だのぜんそくだの、全然身に覚えがないし」
などと思っている人があなたのまわりにも一人や二人はいるだろう。でも、油断は禁物。日本人の半分以上がアレルギー体質とすると、いつ発症してもおかしくない予備軍はまだ、けっこう残っているかもしれないのだ。
花粉症、それは「明日は(来年は)わが身」の病気である。