「アレルギーの本を読んでいたら、アトピーの遺伝は母親からだと書いてあったんですが、ほんとうですか」
アレルギーの子どものお母さんから、こんな質問を受けたことがある。
ある免疫学の大家の著書に「アトピー素因の遺伝は母親経由」とあるのを読んだ覚えはあったが、ぼく白身は母親の遺伝が強いという印象はもっていなかった。気になったので、手元にあった二ヵ月間のカルテを見直してみることにした。
そこには一三三名のアトピーの子どもの家族歴データがあった。まず、「両親にぜんそくかアトピーがありますか」という質問。アレルギーの病気の中でアレルギー体質が最も子どもに反映すると言われているのはぜんそくとアトピー性皮膚炎なのである。この質問では、お父さんもお母さんも差はほとんどなかった。
次に、花粉症などのアレルギー性鼻炎やじんましんにまで範囲を広げると、さすがに花粉症の頻度は高いから、両親どちらにもアレルギーがないのはわずかに17パーセントにすぎず、アレルギーはやはり遺伝性の高い病気であることがわかった。しかし、「遺伝は父か母か」という点については問題になるほどの差はない。
さて、これをどう解釈したらいいのか? ひとつ頭に入れておくべきことは、この種の調査には「バイアス」がかかるということである。
初診のときに診察室に現れるのはたいてい母親である。「小さいころにぜんそくやアトピーがありましたか?」と質問したときに、父親についてはどうしても情報が曖昧になる。
「たぶん、ないと思います。聞いていませんから」といった答えが返ってくることが多い。
ところが、父方の祖母がいっしょに来ていると、「そういえば、息子は幼稚園のころまでゼイゼイして、ぜんそくって言われたことがありました」ということもある。しかし、この事実を父親自身も覚えていないことも多い。
つまり、母親のほうが自分のことをよく覚えているから、アレルギーは母親の影響が強い、という統計結果が出だのかもしれない。
ぼくはじつは、もうひとつ別の事実に気がついていた。
ぜんそくでもアトピーでも、アレルギー発症率は明らかに男児のほうが高いのである。男児の発症率は女児の一.五倍から二倍なのだ。
ということは、父親にアレルギーがある割合は、母親の一.五倍以上あっても不思議ではない。しかし実際はあまり差がないということは、母親は発症率が高いことになる。それなら、やっぱりお母さんの遺伝のほうが強いということ?
考えているうちに、どうでもよくなってきた。いずれにせよ、統計なんて信用がおけない。 お母さん方の話を聞いていると、どうやら、子どもがアトピーとわかった場合、「うちの家系にぜんそくはないわよ」「アトピーだなんて、だれの遺伝かしら」などと、お嫁さんが厭味を言われることがあるらしい。
しかし、たいした根拠もないことでお母さんを責めるのはやめるべきだ。何度も言うようだが、日本人の半分はアレルギー遺伝子をもっている。両親のどちらの遺伝かなんて、何の意味もない。自分のあずかり知らぬところで、「マイナスの遺伝子」を背負っていると名指しされる子どもは、なおさらかわいそうである。