一時期、健康雑誌などで大ブレイクした「美肌水」は、じつに医者の首を締めるものだと思う。実際、あれでほんとうにアトピーがよくなるらしいのである。
ぼくがこの民間療法を知ったのは、一昨年の春のことだ。遠くへ引っ越してからもぼくのところへ通ってきている三歳と五歳の男の子のお母さんが、「美肌水を塗ってみたら、よくなりました」と教えてくれた。
この兄弟は、ステロイドを使って症状をコントロールしていた患者さんである。
「へえ、どこで知ったの?」
インターネットだそうである。
さっそく、調べてみた。「美肌水」は今井龍弥さんという名古屋の開業医が提唱したもので、尿素とグリセリンと水道水とを混ぜてつくる自家製の化粧水のこと。ぽくは最初、「また、タチの悪い新手のアトピービジネスが出たか」と思ったのだが、よく聞いてみるとそうでもなさそうだ。アトピービジネスとは、民間療法に名を借りてアトピー性皮膚炎患者をターゲットに商岫などを収売し、法列の利益を得ようとIるものをいう。だが、この「i肌水」ではだれも大儲けをしてはいないのだ。
なにしろ、つくり方は雑誌やインターネットで公開されているし、患者さんは自分で化粧水をつくるのだから安上がりだ。アトピービジネスにありがちな「入会金」や「カウンセリング料」などもいっさいなし。材料の尿素は園芸店などで売っている肥料用を使うので安い。大学生の姪に店を回って調べてもらったところ、尿素は800グラム300円、グリセリンは植物から精製したものが100ミリリットルで398円。何十倍にも薄めて使うので、少しずつつくって冷蔵庫に保管しておけば、ジャブジャブ使っても三年くらいはもつらしい。
「これはいいんじやないの?」とぼくは思った。
この美肌水、尿素を使うというのは別に目新しいことではない。尿素軟膏はアトピー性皮膚炎の治療に昔から使われていて、角質をやわらかくしたり、しっとりさせる作用がある。ぼくも、アトピーの炎症が長く続いてガサガサして角質が厚くなった部分に、尿素軟膏とワセリンを混ぜて塗るように指示することがある。美肌水はこれと同じ発想である。尿素は傷があるとらよっとしみるが、なにしろおしっこの成分だ。とくに副作用はない。
グリセリンは炭素と水素と酸素の化合物で、ワセリンと同様に単純な構造式の化学物質で、脳浮腫のときなど点滴に入れるくらいだから、人体に害はない。浣腸薬のほか、キャンディやガムの柔軟剤としても使われる。グリセリンはいろんな物質をしっとりさせたり、やわらかくする性質があるのだ。
だから、アトピーのカサカサした皮膚に塗るとしっとりするのは当然だろう。しっとりした皮膚は角質層が整って、うるおいの膜が外部からの刺激を防ぐから、いろんな刺激に対して強くなるし、小さな傷もないからアレルゲンも侵入しにくくなる。
しかも手作りの美肌水には、肌への刺激となってトラブルを起こす可能性のあるパラペンなどの防腐剤も入ってない。これもメリットのひとつである。
もちろん、アトピーの原因は人それぞれで、いろんな悪化要因がある。ある人は汗がダメだし、ある人は細菌感染を起こしやすく、ある人はホコリをかぶるとダメだ、というように。しかし、何であれ「外から皮膚にくっつくもの」が原因のアトピーで、さほど重症でないものは、美肌水を塗って保湿し、皮膚の防御力を補うだけでコントロールできる。そして、そういう軽症の人は、アトピー患者全体のおよそ九割である。
逆に言うと、美肌水が「効いた、効いた」と評判になったのは、もともと、アトピーはそれぐらい治りやすい病気だし、症状の軽い人が多いという証拠でもある。
ただし、「皮膚にくっつく異物を排除する」「皮膚の防御機能を補強する」という意味では、美肌水よりも、ワセリンのほうが一枚上である。皮膚にひっかき傷や炎症によるガサガサや赤みがあるうちは、ワセリンで保護しておくほうが安心だろう。